藤井聡太は高校(進学)行かない?将棋専念選択を中卒の井山裕太対談で決めたか?

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藤井聡太四段(15)が、高校進学について揺れています。

高校に行かなくて、将棋に専念すべきか?

高校に行って、将棋以外での友人が増やすべきか?

来年3月に中学を卒業する藤井四段は、どういった答えを出すのでしょうか?

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授業を受ける意味

藤井四段が、将棋を始めたきっかけは、5歳のとき、隣に住む祖母が一緒に遊ぶために勧めた公文式の「スタディ将棋」でした。

藤井四段は、将棋の才能を最初から見せつけます。

祖母は、藤井四段と「スタディ将棋」で遊びますが、すぐに勝てなくなります。

次に対戦したのは、祖父でした。

しかし、祖父も、あっという間に負かされます。

大のおとなが、5歳に勝てないのです。

そして、藤井四段は、すぐに地元の将棋教室に通いはじめます。

小学1年になると、『詰将棋解答選手権』で、周りを驚かせることに。

プロ棋士でも全問解けない人がいるほどの難問を、90分の制限時間に対し半分以上の時間を残して解いてしまったのです。

で、小学4年で奨励会に合格。

この頃になると、藤井四段は、地元の将棋ファンの間では有名でした。

当時について、師匠の杉本昌隆七段はこのように語っています。

「将棋の世界では、師匠から“弟子にしてあげる”と誘うことはまずありません。でも、彼のことは1年の時から知っていて、ずっと弟子にしてみたかった」

藤井四段は、当時小学生でありながらも、プロ棋士が惚れ込むほどの逸材だったのですね。

また、この頃から、藤井四段の頭の中は、将棋でいっぱいだったとのこと。

将棋のことを考えすぎて、ドブに落ちたことが、2、3回あるほどだそうです。

「どうして5分で分かることを45分もかけて教えるんだろう。授業がつまらない」

藤井四段は、このようなことも言っていたようです。

現在通っている中学は中高一貫校

藤井四段のお母さんは、将来、藤井四段がプロ棋士になることを察知していたのでしょう。

藤井四段を、中高一貫校に通わせます。

中高一貫校でしたら、受験勉強をしなくても、高校へはエスカレーターで進学できます。

これでしたら、心置きなく、将棋に専念できます。

せめても高校までは行ってもらいたい、という親心ですよね。

ちなみに、中学でも、藤井四段は、先生を困らせます。

「なぜ、授業を理解しているのに、宿題をしなければいけないのか?」

先生は諭したようですが、藤井四段の素直な気持ちも理解できますよね。

宿題の時間を、将棋に回したかったのでしょうね。

親の気持ち

藤井四段の成長は、親の予想より早かったかもしれません。

藤井四段は、14歳でプロ棋士となります。

そして、デビュー以来公式戦29連勝を成し遂げます。

こうなると、藤井四段が考えるのは、高校へ行く意味です。

親としては、長い人生を考え、せめても、高校までは行ってほしいと考えます。

しかし、将棋の対局は、多いとき月に10局あります。

対局は、土日とは限りません。

また、対局は深夜に及ぶことがあります。

場所によっては、対局その日に帰ることもできません。

そうなると、心配になるのが、高校で必要な出席日数。

そのあたりも、お母さんは、心配しています。

強くなればなるほど、贅沢かもしれませんが、親の悩みは増えていくんですね。

井山裕太六冠との対談

昭和の時代の棋士は、中卒が当たり前でした。

将棋に学歴は不要であり、若いうちからどんどん将棋を刺すべきといった考えがあったからです。

かつての相撲界と同じですね。

ですが、今の将棋界では、棋士の9割ほどは、高校に進学しているそうです。

所司(しょし)和晴七段は、このように語っています。

「短期的なことを考えれば、研究専念のためには進学しない方が良い。一方、中長期的に見れば、規則的な生活が出来る、将棋以外での友人が増えるなど、進学にもメリットがあるのです」

んー。難しいですよね。

そんなとき、藤井四段は、囲碁界の国内最強棋士、井山裕太六冠(28)と対談することになります。

実は、井山6冠は、高校には行っていません。

中卒です。

その決断について、井山六冠は、藤井四段に、このように語っています。

「将棋は四段からプロですけど囲碁は初段からで、私は中学入学と同時にプロデビュー。中学時代も囲碁でそれなりの成績は残せても、まだプロとしてやっていけるか不安が付きまとっていました。囲碁界では高校に行かない人が結構いて、大学まで出られる棋士はかなり少ない。だから高校進学せず囲碁に専念するという選択には全く迷いがなかった。せっかく自分の一番好きなことを職業にできて、この時期は今後の棋士生活にとって非常に大事な時期だから、ここは精いっぱい囲碁に専念して悔いのないようにやってみたいという思いが強かったです。

藤井さんの場合、もちろん勢いもあるでしょうが、ここまでくるのは実力がないと無理です。私の場合は、16歳のときに大会一回戦で当時の張栩名人と対戦して、戦う前の自分の状態は決して良くなかったのですが、それでも勝てた。勝つ前と後でそんなに棋力が上がるはずもないけれど、張栩名人に勝てたなら他の人にも勝てるだろうという変な自信が付いたのは大きかったですね。」

引用元 週間ダイヤモンド

これに対し、藤井四段は、

「学校に行くと時間的な制約がかなり増えますので、そういった点で高校進学については自分の中で迷う気持ちというのはあります。

自分は加藤一二三先生(九段。6月に引退)と対戦して勝つことができたのが大きかったかなと思います。勝負の上でメンタルも含めてすごく大きくて、デビュー戦で勝てたっていうことはすごく自信になりました。」

引用元 週間ダイヤモンド

この対談で、なんとなく藤井四段の気持ちが固まったような気がしますね。

他の棋士は?

過去、中学生でプロ棋士になったのは、藤井四段を含め、5人います。

藤井四段以外の人物と、それぞれの最終学歴です。

  • 加藤一二三九段(早稲田大学中退)
  • 谷川浩司永世名人(滝川高校)
  • 羽生善治三冠(上野高校通信科)
  • 渡辺明二冠(聖学院高校)

羽生三冠は、当初定時制高校に通っていましたが、対局が多く欠席がちとなってしまいました。

そこで、通信課程のある上野高校に転入し、4年を費やして卒業しました。

早実を経て、早大政経を卒業している中村太地六段(29)は、高校3年でプロ棋士になりましたが、必ず大学は卒業すると決めていました。

当時の受験勉強は、将棋のため、深夜か早朝しかできず、1日の睡眠時間は4時間だったそうです。

また、加藤一二三九段(77)は、このようなことを言っています。

「私が18歳で早稲田(のちに中退)に行ったのは、周りの人から『大学に行った方が視野が広がるから』と言われたから」

また、藤井四段の進学について、

「ちょうど迷っているところなんだけど、彼は今、中学生なのに背広を着て戦っている。私としては、進学しないで、プロとして一生やっていく決心だと解釈している」

藤井四段は、プロ棋士になったときから、やはり高校進学はしないと決めていたのでしょうか?

藤井四段は誰と暮らす?

藤井四段が、高校に行かないで将棋に専念となると、東京で暮らすと思われます。

藤井四段には、4つ違いのお兄さんがいます。

そのお兄さんを残して、お母さんも東京に来るのか?

または、東京で単身赴任をしている住宅総合メーカーに勤めるお父さんと住むのか?

ちなみに、藤井四段が通う中学は、偏差値66と言われる名古屋大学教育学部付属中学。

この中学に入ることもすごいんですよね。

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