桂文枝愛人顔画像名前本名は?紫艶と三角関係?天満天神繁昌亭出会い

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桂文枝師匠に、また不倫疑惑です。

2016年には、演歌歌手・紫艶との愛人関係が明らかになりましたが、三角関係ではなかったのでしょうか。

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夏目恵美子さん(仮名)との不倫疑惑

週刊新潮の報道です。

 関西落語界の大御所・桂文枝師匠(74)の愛人の存在が明らかに。お相手女性が明かす、文枝師匠との愛憎8年――。

 2016年にも歌手との不倫関係が報じられた文枝師匠だが、こちらの夏目恵美子さん(仮名)との出会いは2008年。大阪の演芸場「天満天神繁昌亭」を、恵美子さんが訪れたことがきっかけだった。

「繁昌亭の横にある喫茶コーナーにいると、文枝さんが現れて一緒に写真を撮ってくれたんです。それをメールで送ってもらったので、お礼を言うために再び繁昌亭を訪れると、今度は文枝さんの部屋(会長室)に通されました。彼は私の手を取ってエスコートしてくれて、私はもう緊張しっぱなしでした」

 やがて、文枝師匠が恵美子さんの家を訪れる仲になったという。

「文枝さんがやって来るとマッサージしてあげて、添い寝をしてキスをするんです。この頃から彼は“将来は一緒に住んで、俺の介護をしてほしい”と言うようになっていました。“最期ぐらいは恵美子がいいんだ”とも話してくれて、私も夢見心地になっていました」

 そして男女の仲になった2人。恵美子さんを寂しがらせないように、師匠は一日3回の電話、写真付きのメールも送っていた。なかには、電話でこんなやりとりも……。

文枝「今日はなに着てんの?」

恵美子さん「今ですか……今ネグリジェですね」

文枝「ネグリジェをねぇ……写真撮ってよう送らんやろ。どうして送ったらええか、わからへんやろ。今度ぼくが行った時に撮ったるわ。な?前に写したやつはあるねんで」

 しかし、“無料で遊べる愛人”だったと目を覚ました恵美子さん。さて、当の文枝師匠は彼女のことをどう思っていたのだろうか。高座を終えて出てきたところを直撃すると、

「知らん……」

引用元 デイリー新潮

2人が、一線を越えたのは、2009年3月とのことです。

当時の電話のやりとりが生々しいです。

文枝「今日はなに着てんの?」

女性「今ですか…今ネグリジェですね。はい」

文枝「ネグリジェ?」

女性「はい。スケスケのというか…。はい。あの…」

文枝「ネグリジェをねぇ…」

女性「はい」

文枝「スケスケ!」

女性「スケスケですね。はい」

文枝「写真撮ってよう送らんやろ。どうして送ったらええか、わからへんやろ」

女性「そうですね…あの、携帯メールできないですからね…」

文枝「今度ぼくが行った時に撮ったるわ」

女性「(笑)はい」

文枝「な?」

女性「(笑)はい」

文枝「前に写したやつはあるねんで」

女性「ええ、はい…(笑)」

この会話は何なのでしょう。

紫艶さんのときも、そうでしたが、文枝師匠は、こういった写真を残したがるのでしょうか。

しかも、エロい写真を手元に欲しがる…。

2人の出会いは、2008年、大阪の演芸場「天満天神繁昌亭」。

文枝師匠が、一緒に撮った写真をメールしたとのこと。

お礼のために再び天満天神繁昌亭に訪れた女性を、会長室に通したといいます。

このときから、文枝師匠は、狙っていたのか。

そして、2009年3月、男女の仲になります。

文枝師匠は、1日3回電話をしていたようです。

忙しい中、マメですね。

現在、女性は、「無料で遊べる愛人」と気付き、別れたとのこと。

これはごく一部で、文枝師匠には、他にも愛人はいたのではないでしょうか。

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不倫相手とは?

こちらが、不倫相手です。

年齢は不明ですが、電話のやりとりで、何となく想像できますね。

56歳とのことです。

紫艶との愛人報道

2016年2月、文枝師匠は、紫艶さんとの関係をフライデーされました。

そのときの東スポの報道です。

 上方落語の大御所・桂文枝(72)に持ち上がった演歌歌手・紫艶(38)との20年にも及ぶとされる愛人関係疑惑について、26日発売の写真週刊誌「フライデー」が続報を掲載した。

 文枝が22日、大阪で開いた会見で「十数年前にしたことが今になってこういうことになって…。私の考えが浅はかだった。調子に乗っておごり高ぶっていた」と謝罪したのは周知の通り。

 一方で、紫艶とは2014年1月に落語会で会ったのが最後で、それ以前は「10年か12年は会っていない」と話し、紫艶が主張する20年間という長期間の愛人関係は否定していた。

 この会見を受けてフライデーの取材に応じた紫艶は、兵庫県に住む母親が売名行為だなどと言われて体調を崩したことを明かし、「誤解を解くため」として、文枝と最後に会ったのは2か月前の東京のホテルの一室だったこと、少なくとも2か月に1回は会っていたと主張し、文枝の言い分を否定している。

 真っ向から食い違う両者の主張だが、業界からはこんな声も…。

「ここ1~2年以内にカラオケで撮影したというツーショット写真が掲載されているけど、テレビ関係者の間では『さすがに(文枝)師匠の髪がフサフサしすぎている。ここ1~2年の写真には見えない』というのが共通認識ですね」(お笑い関係者)

 また、文枝に近いお笑い関係者は「師匠がずっと女性から会いたいと言われていて、それをなだめるのに苦労していたという話です。それが徐々に放っておけない状況になって、LINEでやりとりするようになったみたい。ただ、流出したLINEの文面には疑問を持っているようです」。

 とはいえ、文枝が会見で「すべて私の不徳の致すところ」と話したように、身から出たさびなのは疑いようがない。

引用元 東スポ

このときは、「十数年前にしたことが今になってこういうことになって…。私の考えが浅はかだった。調子に乗っておごり高ぶっていた」と謝罪しました。

今回は、どのように謝罪するのでしょうか。

このときの文枝師匠の釈明を信じれば、三角関係はないようですが、実際はどうなのでしょう。

三角関係だったとしても、女性のことを「無料で遊べる愛人」としていたのならば、三角関係とは言えないかもしれませんが。

おわり

この年齢で、落語会の大御所が、電話のやりとりまで暴露されるのは、本人にとっては恥ずかしいですね。

文枝師匠は、これに懲りて、記録はもう残さないでしょう。

しかし、まだまだ残された記録はあるかもしれません。

戦々恐々なのではないでしょうか。

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