くりた陸さん死去…お通夜・葬儀・告別式は既に執り行い済み

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漫画家のくりた陸さんが7月4日早朝に亡くなっていたことが、10日、くりた陸さんのTwitterにより発表されました。

54歳でした。

2003年に乳がんの宣告を受け、闘病生活の末の訃報。

お通夜・葬儀・告別式は既に執り行われたようです。

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くりた陸さんの乳がんの経過

くりた陸さんは、2003年、乳がんを宣告されました。

そのとき、すでにステージⅢまで進行していました。

治療方法は、抗がん剤によって腫瘍を小さくし、小さくなった腫瘍を切除する方法を選択しました。

しかし、抗がん剤治療時、担当医からは、5年生存率は50%以下と宣告されます。

さらに、腫瘍切除手術時には、10箇所ほどリンパへの転移が確認されました。

2011年に発売された漫画誌「フォアミセス」(秋田書店)では、自身ががん宣告された当時の心境を描いた自伝漫画「陽だまりの家」を執筆していました。

そして、2012年、骨とリンパに遠隔転移が見つかり、担当医から延命治療を勧められます。

2014年3月27日、自身の病状を公表し、原稿等をJコミにて、オークション販売をしました。

この販売額は、全てくりた陸さんに渡り、治療費に充てたそうです。

最近のくりた陸さんについて、BuzzFeednewsでは、このように伝えています。

7月3日に発売された漫画誌「フォアミセス」8月号(秋田書店)にも、末期ガンで闘病中だったくりたさんが手がけた読み切り漫画「娘とともに…」が掲載された。

エレガンスイブ編集部のTwitterによれば、くりたさんは「フォアミセス」8月号の巻頭カラーを描き上げた後に永眠したという。

なお9月15日には「娘とともに…」、「陽だまりの家」が併せて収録された「~乳がんに襲われ余命宣告を受けた少女漫画家の家族への手記~陽だまりの家」が発売される。

引用元 BuzzFeednews

くりた陸さんは、最後の作品が発売された翌朝に、亡くなったとのこと。

ご本人は、安心されて、旅立たれたのでしょうか。

棺にくりた陸さん発案の漫画誌を納める

くりた陸さんが発案された漫画誌「プラチナフレンド」の企画室がブログでこのように語っています。

プラチナフレンドは、くりたさんの発案で実現したクラウドファンディングプロジェクトです。
中にはすでに休筆されていたにもかかわらず「くりたさんが誘ってくれたのなら・・・」と再びペンを取ってくださったかたもおりました。

そして、あっという間に33名もの作家が集まり、一冊の本が完成したのです。

「私のお葬式には、プラフレを棺に入れて」
プロジェクト期間中にも冗談のようにくりたさんは口にしていました。
その約束通り、私たちはプラチナフレンドを棺に納めました。

引用元 プラチナフレンド企画室

くりた陸さんは、とても影響力のあった方だったというのがよくわかります。

しかし、本当にプラチナフレンドを棺に入れる日が来るなんて、残念でなりません。

旦那さん「自分の知らない、みなさんと彼女の想い出をたくさん聞きたい」

また、プラチナフレンド企画室は、このようにも語っています。

お通夜の際、くりたさんの旦那様が私たちに
「自分の知らない、みなさんと彼女の想い出をたくさん聞きたい」
とおっしゃいました。

そこで皆様にも
くりた陸作品やくりたさんご本人との思い出を #くりた陸 でツイートしてくだされば、ご遺族に伝わると思うのでぜひお願いしたいのです。

皆様のつぶやきは後日まとめてご遺族に見ていただくようにしたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

引用元 プラチナフレンド企画室

ぜひとも、ツイートしていただきたいと思います。

くりた陸さんの経歴

くりた陸さんは、1982年、少女漫画誌「少女フレンズ」(講談社))でデビューしました。

その後は、「デザート」「BE・LOVE」(講談社)などの女性漫画誌でも活躍。

他に、小説のイラストも。

代表作に「ゆめ色クッキング」「くじらの親子」「オレの子ですか?」などがあります。

おわりに

40歳で乳がんになってしまったくりた陸さん。

14年の闘病生活は大変だったと思います。

そんな中でも、漫画を描き続けたことには敬服します。

ご冥福をお祈りいたします。

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