宮田浩喜さん顔画像現在や家族は?松橋事件の詳細内容とは?真犯人誰?

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熊本県松橋(まつばせ)町(現宇城市)で1985年に男性(当時59)が刺殺された「松橋事件」で殺人罪などに問われ、懲役13年の判決を受けて服役した宮田浩喜(みやた・こうき)さん(84)の再審請求を巡る即時抗告審で、福岡高裁(山口雅高裁判長)は29日、昨年の熊本地裁に続いて再審開始を認める決定をしました。

決定は、弁護側が提出した新証拠によって、有罪判決の根拠となった宮田さんの自白の信用性が「大きく揺らぐ」と指摘。

検察側が申し立てた即時抗告を棄却しました。

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松橋事件とは?

1985年1月8日、熊本県松橋町(現・宇城市)で、1人暮らしの男性が自宅で、首などを刃物のようなもので刺されて発見。

推定死亡時期は1月4~6日の間とされました。

宮田さんは、5日の夜、男性の自宅で、他の知人とともに飲食をし、男性と口論していました。

これにより、警察は、宮田さんが犯人だと目星をつけたようです。

宮田さんを警察官が常に監視し、8~20日の13日間のうち9日間、宮田さんを任意の取り調べをしたとのこと。

任意にも関わらず、宮田さんが断った日も自宅に押しかけたようです。

そのような強引な取り調べ、持病の腰痛で根負けし、宮田さんは「否認のまま逮捕してくれ」と懇願しまいます。

こうして、20日、自白し同日逮捕。

2月10日に起訴。

熊本地裁は、宮田さんの自白をもとに、1986年12月22日に懲役13年の有罪判決。

1988年6月、福岡高裁が控訴棄却、1990年1月に最高裁が上告を棄却し、有罪が確定しました。

この事件は、物的証拠、目撃者など第三者の供述がなく、自白のみが証拠でした。

凶器とみられる切出し小刀も、男性の血痕等は検出されませんでした。

そこで、宮田さんは、切出し小刀の柄の部分に血が染み込まないようにボロ切れを巻きつけたと自白。

犯行後、ボロ切れを焼却し、切出し小刀は研いだとしました。

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松橋事件再審

2012年3月、弁護団から再審請求がされるにあたり、新たな事実が明かされます。

焼却された切出し小刀の柄に巻きつけられたとされるボロ切れ。

これは、宮田さんのシャツを5片に分けたうちの1片とされていました。

ところが、そのシャツが熊本地検が証拠物として保管されていたことが発覚。

焼却したという宮田さんの自白とは食い違いがあり、検察が証拠を隠していたことになります。

また、シャツには、男性の血痕もついていませんでした。

弁護団は、それに加え、凶器とされた切出し小刀では創傷できない傷が存在するという法医学鑑定書を新証拠として提出しました。

さらに、確定判決は、宮田さんが男性を尾行中、近所の住民に電気がついていたという自白を「秘密の暴露」にあたるとしていました。

しかし、弁護団が再度、住民に聞き取りしたところ、宮田さんがそのことを供述した1月25日より以前に、住民が警察官に電気が点いていたことを話していたことがわかりました。

警察は既に知っていたことを「秘密の暴露」としていたのです。

他に、現場に残された血痕や足跡など捜査資料が裁判では開示されていません。

こうして、2016年6月30日、熊本地裁は、自白は信用できないとして、再審開始を決定。

検察は即時抗告をおこなっていましたが、今月29日、福岡高裁は棄却しました。

検察側は、ボロ切れについて「実際に巻かれたのは別物だった可能性がある」と主張します。

しかし、山口雅高裁判長は「取り調べで捜査官に迎合して、事実に反する供述をしていた可能性が否定できない」「新証拠で捜査段階の自白の信用性が大きく揺らいだ」と判断しました。

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宮田浩喜さんは?

こちらが、宮田さんです。

宮田さんは1999年に仮出所。

2012年、認知症の症状がある宮田さんに代わり成年後見人の弁護士が再審請求していました。

2015年9月には、長男・貴浩さんも請求人として加わりますが、今年9月に病死。

支援者の多堀幹夫さん(70)は「生きていれば喜んでいただろう」と語っています。

宮田さんは、現在、脳梗塞の影響でうまくしゃべることができず、熊本市の介護施設で生活しています。

今回の結果を伝えられると、うれしそうな表情をしていたとのこと。

衛藤弁護士は「裁判所が無罪を言い渡すのを心待ちにしている」と話します。

弁護団共同代表の武村二三夫弁護士は「高裁決定は、宮田さんが虚偽の供述をした理由は、取り調べの苦痛を回避するためと明確にした。自白調書を簡単に信用する今の裁判制度に大きな警鐘を鳴らすものだ」と話しています。

また、三角恒弁護士は「主張が全面的に認められ、特に自白の信用性をめぐって、捜査段階での取り調べの苦痛が事実でない供述につながった可能性まで踏み込んで指摘していることは意義深い。自白偏重の捜査や裁判の在り方に警鐘を鳴らすもので、無罪を勝ち取るまで頑張っていきたい」と述べました。

おわりに

このような冤罪が認められた事件は、ごく一部なのでしょうか。

もしかして、冤罪のまま、極刑を受けた人もいるかもしれません。

真犯人は、どういった心境で、こういった事件を見ているのでしょう。

松橋事件の真犯人は、もう見つからないでしょう。

いかに、初動が大切なのか。

勘違いをしてしまうと、松橋事件のように悲劇を招いてしまいます。

宮田さんの失った人生は、取り返せません。

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