名古屋闇サイト殺人事件犯人顔画像や名前は?拉致と殺害現場の場所は?

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2007年8月24日に名古屋市内で起きた「名古屋闇サイト殺人事件」。

稀にみる凶悪犯罪の全貌はどのようなものだったのでしょうか。

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犯人のプロフィール

神田司

犯行当時36歳。

愛知県豊明市在住の『朝日新聞』新聞拡張員。

出来高払いで『朝日新聞』の勧誘をしていましたが、休みがちで給料は少なかったようです。

また事件数日前からは「仕事中に足をくじいた」と欠勤していました。

群馬県出身で、幼少期に両親が離婚。

親類宅を転々とし、成人後、愛知県で定職に就きますが、闇サイトで違法での収入もあったようです。

事件当時、詐欺などの有罪判決で執行猶予期間中でした。

共犯の2人には、「過去に2人殺したことがある。群馬県に2人の遺体を埋めた。人を殺すのは平気だ。ゴキブリを叩き殺すのと同じだ」とウソを語り、虚勢を張っていました。

2009年3月18日、第一審・名古屋地方裁判所で死刑判決。

即日名古屋高等裁判所に控訴しますが、同年4月13日に自ら控訴を取り下げ、死刑が確定。

2015年6月25日、上川陽子法務大臣の死刑執行命令により、名古屋拘置所で死刑が執行。(没年44歳)

川岸健治

犯行当時40歳。

本籍愛知県津島市で無職。

7月に派遣会社を辞めてからホームレスとなり、犯行で使用された車の中で寝泊まりすることもありました。

殺害場所の愛西市内で勤務していたこともあり、地理感があったと思われます。

共犯の2人には、「地元の石川県では詐欺や恐喝で名が知られていた」「出会い系サイトで知り合った女性を強姦し、それをネタに50万円脅した」とウソとも本当ともとれる自慢をしていました。

犯行翌日、「死刑になりたくないから」と自首し逮捕。

これが、他の2人も逮捕されるきっかけとなりました。

2009年の第一審・名古屋地裁では、自首であったため、無期懲役判決。

自らは有期懲役刑を、検察側は死刑を求めてそれぞれ控訴。

2011年4月12日の控訴審・名古屋高裁で双方とも棄却。

双方とも上告せず確定。

現在、無期懲役刑で服役中です。

堀慶末

犯行当時32歳。

名古屋市東区在住の無職。

本事件以前に、『碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件』など2つの強盗殺人・同未遂事件を起こし逃亡中でした。

事件当時、東区内のマンションで女性と同居していましたが、同居女性によれば警察に出頭を求められる直前まで「変わった様子はなかった」とのこと。

川岸には「父と兄が暴力団員だ。兄は強盗殺人を起こし、無期懲役で服役している。自分も傷害事件で懲役2年執行猶予3年である」と話していたようです。

また、2人には『碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件』については沈黙していたのですが、「自分も一線を越えたことがある」とも話していました。

2009年の第一審・名古屋地裁では死刑判決。

死刑回避を求めて控訴。

2011年の控訴審・名古屋高裁判決で第一審の死刑判決が破棄され、無期懲役判決。

その後、最高裁判所第二小法廷にて2012年7月11日付で検察側の上告棄却決定がなされ、本事件については無期懲役判決が確定。

その後、無期懲役刑で服役しますが、最高裁判決からわずか1か月後の8月3日、碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件の容疑者として、同事件の共犯2人とともに再逮捕。

同月24日に強盗殺人容疑で起訴。

翌2013年1月、さらに、2006年に起こした別の強盗殺人未遂事件でも逮捕。

翌2月に強盗殺人未遂容疑で追起訴。

これらの事件の刑事裁判で、2015年12月15日、第一審・名古屋地裁で死刑判決。

名古屋高裁に控訴するも、2016年11月8日に控訴棄却。

現在、最高裁に上告中。

今後、最高裁で上告が棄却されるか、自ら上告を取り下げた場合は死刑が確定し、無期懲役刑の執行は検察官の「刑執行取止指揮書」の指揮により停止されることに。

その場合、懲役刑の受刑者に科されていた労役作業はなくなりますが、死刑囚として面会や手紙のやり取りの相手は親族などに制限され、拘置所独房で死刑執行を待つことになります。

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闇サイトでの出会い

3人は面識はな、犯行を行うための知り合うきっかけとなったのは携帯電話サイト「闇の職業安定所」という犯罪者を募集する闇サイト。

「闇の職業安定所」は、現在閉鎖されています。

犯行は、初めて顔を合わせてからわずか3日後という、あまりに軽はずみなものでした。

この闇サイトで、川岸が8月17日に「派遣社員やってます。何かやりませんか。組みませんか」と投稿。

その投稿を見た神田は、「以前はオレオレ詐欺をメインにしていたのですが、貧乏すぎて強盗でもしたいくらい」とメールを返信。

堀も川岸の投稿に返信し、3人で連絡を取り合うようになります。

犯行まで

事件の3日前の8月21日、3人が顔を合わせました。

当初は、パチンコ店の常連客や、堀が行きつけだったダーツカフェを襲う計画を立てます。

それは、常連客と以前から面識があった堀が「財布に100万円くらい入っているのを確認している」と提案したためで、尾行して帰宅時に押し入る予定でした。

しかし、実際に尾行したところ住んでいるマンション周辺に防犯カメラが多かったため断念。

また、ダーツバーも川岸と神田で襲撃しようと試みますが、当時は小中学校の夏休み。

オーナーの子ども達が店に泊まりに来ている可能性があり、顔を見られるおそれがあることから断念。

そこで、女性を拉致する計画に変更することにします。

メールのやり取りや実際に顔を合わせるうちに「金を持っている女を拉致し、カードを奪って引き出そう」と話が具体的に。

ターゲットは、まずキャバクラ嬢が、候補にあがります。

しかし、堀が「キャバクラ嬢はホストクラブに通っているのが多いから金を持っていない。ソープ嬢の方がいい」と意見。

これに対して、川岸は「ソープ嬢を襲うのは名古屋駅・栄のどちらかになるが、どちらも渋滞に巻き込まれやすく、車での逃走ルートがきつい」と意見。

暴力団組員の親族がいる堀も「ソープ嬢は経験上抵抗が激しい。それに必ずヤクザがバックについているため、ヤクザに狙われる」と難色を示します。

そして、堀は、若いOLを拉致することを提案。

神田は「今日は24日の金曜日。あす25日が給料日なので、普通は今日出勤しているはずだからちょうどいい」「ストッキングをはいているような感じで、ブランド品などは持っていない、黒髪で、あまり派手ではない地味な感じのOLだったらたくさん貯金があるだろう。しばらく拉致・監禁して、ある程度まとまった金を引き出せる」と賛同。

また、「ATMで引き出せるのは1日50万円までだから、今日中に暗証番号を知れば、4日連続で計200万円引き出せる」「ターゲットに家族がいると通報されるおそれがあるから、一人暮らしのOLがいい」「女をシャブ漬けにして風俗店に売り飛ばすのはどうか」「金を奪ったら殺せばいい」と具体的な計画を提案。

こうして、口座の暗証番号を聞き出し、預金を引き出した上で殺害することにし、8月24日に決行となりました。

つまり、被害者の女性は、偶然見かけただけという通り魔的犯行でした。

また、実は、この3人以外に第4の男D(犯行当時29歳)もいました。

この男も、「闇の職業安定所」を通しての知り合い。

女性拉致事件の前日の8月23日、男は、川岸と2人で、長久手市内の事務所に窃盗目的で侵入。

ところが、途中で怖くなった川岸が、男を見捨てて一人で逃げ出します。

男は、土地勘がない上、所持金が200円しかなく、犯罪を繰り返すことに嫌気が差してしまいました。

女性拉致事件直前の時間、男は、名東警察署に110番通報で自首。

建造物侵入未遂容疑で緊急逮捕されました。

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犯行

8月24日午後7時過ぎ、「金持ちが住んでいそう」という理由で、千種区内で車を使って女性を物色。

同日午後10時頃、名古屋市千種区で帰宅途中の自宅から僅か100m近くの路上をひとりで歩く磯谷利恵さん(当時31歳)を発見。

数十メートル尾行した後、堀が「すみません」と声をかけ、いきなり口をふさいで車に連れ込みます。

そして、手錠をかけて拉致して約6万2000円とキャッシュカード2枚などを強奪。

包丁で磯谷さんを脅して、キャッシュカードの暗証番号を聞き出そうとします。

暗証番号をなかなか言わない磯谷さんに対し、さらに、5分間のカウントダウンをして脅します。

監禁中、3人は被害者に対し足に包丁を突き刺す真似をしながら「この包丁は100円ショップの包丁で切れ味が悪いんだよ。死ぬまでに最低5、6回は刺さないと死ねないかな」と執拗に脅迫。

最悪なことに、この際、川岸は被害者を強姦しようとします。

しかし、これは、未遂に終わります。

その様子を見ていた、神田、堀は、被害者が落ち着きを失い、今にも逃走を図りそうになったと判断し、殺害することに。

これは、磯谷さんからキャシュカードの暗証番号を、すでに聞き出していたため、生かしておく必要がないと思ったからです。

しかし、磯谷さんが教えたキャッシュカードの番号は、嘘のものでした。

教えた番号は、「2960」。

数字の語呂合わせが好きだった磯谷さんが咄嗟に思いついた「憎むわ」というメッセージだったと考えられています。

これは、当時交際していた男性の証言です。

8月25日午前1時頃、3人は「生かして帰すと顔を見られるし、車のナンバープレートからも足がつく」という理由で、犯行が露見するのを恐れて愛西市佐屋町の駐車場で磯谷さんを殺害。

その殺害方法は、まさに「惨殺」というものでした。

まず、川岸が腕で磯谷さんの首を絞めた後、堀はマスクのようにしたガムテープを口と鼻に貼り、その上から手で押さえて磯谷さんの鼻をつまみ、息ができないようにします。

早く殺して金を手に入れたいと思った堀は、金槌を取り出し、磯谷さんの頭を3発殴打。

その後、ロープを被害者の首に巻き、片方を川岸が、もう片方を堀が持って引っ張ったがうまく絞められなかったので、その後、堀が1人で首を絞めます。

その間、磯谷さんは「殺さないって言ったじゃない」「お願い、助けて」「死にたくない」「お願い、話を聞いて」と、途切れ途切れに絞り出すような最後の言葉を発します。

それを聞いても誰も躊躇することなく「まだ生きてやがる」と3人の行動はますますエスカレート。

顔面の縦横にガムテープを23周ぐるぐる巻きにし、頭からビニール袋をかぶせ、その首元から頭にかけてガムテープで8周まわして留め、その後、神田はロープで被害者の首を絞めました。

さらに、神田は、既に痙攣し始めている磯谷さんの頭に30回から40回金槌を振り下ろして殺害。

死因は窒息死でした。

磯谷さんを殺害後、3人は遺体を岐阜県瑞浪市稲津町小里の「御料林橋」北東の山林に埋めて逃走。

捜査に当たった警察も、後に裁判では検察もその残虐さを「生き埋めと同じだ」と形容しています。

磯谷さんの母親は「親として、我が子をこのような形で亡くすことほど辛く苦しいことはない。娘も同じ思いです」とコメント。

磯谷さんは、生前、親しい人に「一番の親不孝は親より先に死ぬことだから私は絶対にそんなことはしない」と語っていたそうです。

これについて、母親は「ですから、薄れゆく意識の中で1人残していく私のことを心配していたのではないかと思うと、胸が苦しくなります」。

また、神田が殺害行為は「ゴキブリを殺すのと一緒で、仕事感覚」と発言したことについて、母親は「裁判を通して、身勝手な欲のために何の関係も落ち度もない人の命を簡単に奪えるほど、善悪に対する根本的な考えが一般の人とは違うということを知った」とも語っています。

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逮捕

磯谷さんを殺害した翌日の8月25日午後1時になり、仲間を集めた張本人である川岸が、第2の犯行を計画していた神田と堀を裏切るような形で、愛知県警本部に犯行をほのめかす電話をします。

そのために事件が発覚し、名古屋市緑区内で川岸を逮捕。

そして、携帯電話の通信記録などから神田と堀が割り出され、神田は同日午後7時10分に、堀も午後10時頃にそれぞれ逮捕。

川岸が、自首した理由は、「死刑になりたくないから」という、あまりにも身勝手なものでした。

警察署で、母親と伯母(母親の姉)が霊安室で会った磯谷さんの遺体はブルーシートに包まれていて、首から上だけが出ている状態でした。

顔には何か所も青痣が広がっており、ぱんぱんにむくんでいたそうです。

眉間や左頬、顎には傷があり、髪はまるで糊付けでもしたかのようにばりばりに固まって、大量の出血を想像させるものでした。

左側頭部にはガーゼがあててあり、傷口が隠してあります。

その遺体の姿を見て、母親は強く抱きしめると痛いのではないかと思い、そっとなでることしかできなかったそうです。

母親は2016年12月17日に犯罪被害者支援弁護士フォーラムが開いたシンポジウムで「当時のことはあまりよく覚えていませんが、後に姉(伯母)から『もうお母さんがいるから大丈夫よ。安心して。もう怖くないからね』と言いながら、そっとなでていたと聞いたと話しています。

しかし、母親は、頬をつけたときの娘の遺体の頬の異常な冷たさだけは、はっきりと覚えているとのこと。

これについて「亡くなったという現実を突きつけられたショックが、記憶としてとどまったのかもしれない。警察署では顔の部分だけしか見ていなかったが、司法解剖を終え、物言わぬ姿で帰宅した娘の両手首に内出血のような青痣が残っていた。娘の唯一の自慢は、父親譲りのきれいな手だったが、その手が無残に変色し腫れているのを見ると、娘の恐怖が伝わってくるようで、何とも言えない悲しみに襲われたのを覚えている」と語っています。

担当刑事に「手錠をかけられているだけであのように変色するものなのですか」と尋ねたところ、刑事は「抵抗が激しいとなります」と答えたそうです。

母親は娘の顔の青痣を少しでも隠してあげたいと思い、姉と2人で死化粧をしてあげますが、母親曰く「解剖の痕を隠すように頭を覆った綿のようなものが綿帽子に見え、死装束が白無垢に見えた」というように、白無垢をまとった花嫁のようだったと話しています。

おわりに

磯谷さんは、1歳10カ月の時に父親を急病で亡くし、母親に女手ひとつで育てられました。

また、事件が起こった2007年の4月から、大学院生との交際を始めたばかり。

生前の父親と母親の「いつか家を建てよう」という約束を知った磯谷さんは、自分が家を建ててあげようと800万円以上の貯金をしていたそうです。

磯谷さんは、最後までその目標を守ろうとし、キャッシュカードの番号もウソをつきました。

また、亡くなる直前まで、母親を1人残すのを心配し、命だけは奪わないように頼んでいました。

なぜこんな人が、こんな3人に惨殺されてしまったのか。

不平等すぎますね。

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