中田清秀顔画像住所やオウム経歴は?元暴力団で前科逮捕歴も!長男殺人未遂

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岐阜県警高山署は29日、元オウム真理教幹部で古物商の中田清秀(なかた・きよひで)容疑者(70)を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕しました。

調べに対し、「けがをさせたことは間違いないが、殺すつもりはなかった」と供述しています。

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どのような事件か?

読売新聞の報道です。

 岐阜県警高山署は29日、同県高山市西之一色町、元オウム真理教幹部で古物商の中田清秀容疑者(70)を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕した。

 同署の発表によると、中田容疑者は同日午後9時50分頃、自宅で長男(40)を「殺すぞ」などと脅し、刃渡り約50センチの刃物で切りつけた疑い。長男は右腕や右太ももなどを刺され、病院に搬送されたが、命に別条はないという。中田容疑者の妻が110番した。中田容疑者は当時、酒を飲んでいたといい、調べに対し、「けがをさせたことは間違いないが、殺すつもりはなかった」と供述している。

 中田容疑者は、東京都内で起こした交通事故を巡り、保険会社から休業補償金をだまし取ろうとしたとして、1995年に詐欺未遂の罪で有罪判決を受けた。

引用元 読売新聞

中田容疑者は、29日午後9時50分頃、自宅兼店舗で、同居する家業手伝いの長男(40)を「殺すぞ」などと脅し、約50センチのに日本刀で切りつけたとのことです。

長男は指や右腕、右太ももなどを4箇所刺され、それぞれ3センチ程度の傷を負いました。

病院に搬送されましたが、命に別条はありません。

中田容疑者は、当時、酒を飲んでおり、中田容疑者の妻が110番通報。

「けがをさせたことは間違いないが、殺すつもりはなかった」と供述しています。

警察は、中田容疑者が長男とトラブルになったいきさつ、動機などを調べています。

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中田容疑者とは?

こちらが、中田容疑者です。

本人のFacebookと思われるアカウントはこちら

住所は、岐阜県高山市西之一色町3丁目。

中田容疑者は、1947年11月3日生まれの70歳。

愛知県名古屋市北区出身です。

中学2年のときに父親が銭湯の事業に失敗し、各地を転々としながら貧しい生活を送ったとのこと。

中学卒業後、中田容疑者は、北海道のアパートで一人暮らしをはじめます。

そこで暮らしていた暴力団組員の影響を受け、暴力団事務所に出入りするように。

最初に所属したのは、三代目山口組傘下の愚連隊系暴力団柳川組。

中田容疑者は、けんか強さと短銃の腕には定評があったそうです。

短銃は「10メートル先の一斗缶に5連発で5発とも命中させた」というほど。

しかし、1984年に銃刀法違反で逮捕され、1987年まで広島刑務所に服役。

オウム入信前の中田容疑者の前科は、9犯だったようです。

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出所後まもなくの1988年、中田容疑者は神奈川県丹沢の集中セミナーに参加し、オウム真理教に入信。

中田容疑者の妻は熱心な阿含宗信者であり当初入信に反対したといわれています。

しかし、「日刊スポーツ」(95年6月29日)では、妻がオウム真理教に先に入信しており、差し入れた麻原彰晃の著作を読み、教団に入信したとしています。

中田容疑者は、繁華街で布教のビラをまくなど、布教活動をしていたそうです。

それを見た暴力団組織部は、中田容疑者に「組をとるか、オウムをとるか」と迫り、迷わずオウムを選び、組を破門されたとのこと。

1990年3月30日に出家。

ホーリーネームは「ジョーティス・パタトヴァチャ・ウパスータカ」。

名古屋の実家の借地権や北海道・小樽の所有地を寄贈。

時価4000万円の横山大観の絵を3000万円で売り払って、その金も教団に布施したそうです。

中田容疑者は、建設省の幹部として熊本県波野村や山梨県上九一色村の土地購入に尽力。

波野村から9億2000万円の和解金を取得。

1994年秋、中田容疑者は、白川郷の合掌造りが点在する飛騨高山の村を、教団用の土地取得をはかります。

岐阜県飛騨高山の30万平方メートルに及ぶ山林に、オウム帝国が出来上がる計画。

その広さは、上九一色村の所有地の7倍にあたりました。

地元の不動産関係者によると「彼らは真言宗の宗教法人と名乗り、本部移転のために土地を探しているんだと言って、何人もの地主を回っていました」。

中田容疑者は、地元住民に「ここではウラン採掘ができる」と語っていたといいます。

サリン事件で買収計画は頓挫しましたが、警察によれば、オウムはこの地を山城に見立て「オウム城」を築き上げようとしていたといいます。

1994年11月19日、中田容疑者は、静岡県風金町の電気工事業者(当時47)に「大手住宅メーカーから直接下請けができるようにしてやる」と持ちかけ断られ、「このままじゃ済まさんぞ、足代を出せ」と20万円を脅し取りました。

1995年1月から3月にかけては、愛知県の知人に拳銃やダイナマイト入手の依頼をしていたともいわれています。

そして、1995年4月13日。

中田容疑者は、午前4時過ぎからフジテレビ系「おはよう!ナイスデイ」のVTR取材に応じた後、六本木に向かい、午後2時からテレビ朝日のワイドショー「パワーワイド」に村井秀夫、上祐史浩らと共に出演。

その直後、局の地下駐車場で任意同行を求められ、脱会信者を連れ戻す際に恐喝したとして、恐喝容疑で麻布警察署に逮捕。

裁判では恐喝罪で無罪になったが、詐欺未遂で懲役1年・執行猶予3年の判決が下されました。

中田容疑者は、「私は尊師が好きだ。尊師を主として尊敬してきた。悲しくてたまらない」と大粒の涙を流して泣いていたそうです。

「オウムには、穏健派も武闘派もありません。すべて一様です。わたしなどは、いってみれば、全宇宙オウム連合麻原一家のただの若い衆です」と供述もしています。

獄中生活では、次男に「頭の毛がなくなりました。今度来るまでにショートかつらを買ってください」
といった手紙を渡しています。

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また、アサヒ芸能によると、オウム真理教の上九一色村の化学プラントで大量の覚醒剤を製造し、全国の暴力団に横流しして、教団の資金源としてたという情報があったとのこと。

売人からこういった情報を得ているようです。

「ワシは去年から卸値が150万と聞いとったから、『150万で入りまっか?』いうて聞いてまわった。ところが皆が皆『もう、安売りは当分ないよ』と口をそろえる。どうも3月ごろから、じりじりと値が上がり、いま280万ということやった。しかも、あと1カ月もせんうちに、400万までいくとまでいわれた。尋常な上がり方やない」

この背後で暗躍していたのが、中田容疑者といいます。

出所後、教団を脱会し、数人の脱会信者とともに「中田グループ」を形成、岐阜県飛騨市の民宿を拠点に「聖白虎ヨガ密教の集い」を結成したが2001年1月に解散。

それ以後は、土地の転売や洋服リフォーム店の経営等で生計をたてていました。

現在は、高山市で古物店を経営。

中田容疑者は、「(オウム入信以前から)UFOらしきものを見たり、幽体離脱などさまざまな神秘体験を多く体験していたが、一時期魔境に入り、抜け出るのに1年位かかったことがある」と話していたようです。

おわりに

出所後は、経営者として生計をたて、妻や息子と同居していた中田容疑者。

また、事件を起こしてしまいました。

暴力的なのは、治らないのでしょうか。

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