砂川啓介さん死去…大山のぶ代はどうなるのか知っているのか?子供はどうか?

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11日、俳優の砂川啓介(さがわ・けいすけ)さんが亡くなっていました。

享年80歳。

原因は、尿道がん。

葬儀・告別式は、砂川さんの遺志により近親者で執り行ったそうです。

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砂川啓介さんと大山のぶ代さんの病気について

砂川さん、大山さんともがんの経験があります。

大山さんは、2001年に直腸がんが発見され、切除しています。

このことは『砂川さん著「カミさんはドラえもん」双葉社』で明かされています。

そして、大山さんは、2008年4月24日、心筋梗塞と脳梗塞を併発して倒れ緊急入院。

同年8月17日に退院し、自宅療養とリハビリにより回復し、仕事復帰を果たしました。

2012年秋、大山さんは、アルツハイマー型認知症と診断をされます。

このことは、しばらく伏せていましたが、2015年5月13日、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」にゲスト出演した砂川さんが明らかにしました。

このときの大山さんは81歳。

ですが、砂川さんにも病魔が。

2013年、胃がんが見つかります。

このがんは、初期であり、切除しました。

そして、今度は、2016年尿道がんが見つかります。

砂川さんは、それまで大山さんを自宅で介護を行っていましたが、抗がん剤治療のため断念。

大山さんは、老人ホームに入所することになります。

ですが、砂川啓介さんは、11日午前4時10分、東京都港区の病院で、尿道がんのため亡くなりました。

15年にご自身の著書「娘になった妻、のぶ代へ」の中では、「病気の君を置いて先には死ねないよ」と語っていただけに、ご本人はきっと無念だったに違いありません。

大山のぶ代さんはどうなる?知っている?

残された大山さんは、どうなってしまうのでしょうか?

奥さん想いの砂川さんは、ご自身の万が一に備え、将来的な対処はしていたと思います。

また、大山さんは、砂川さんが亡くなったことを知らされたのか?

現在の大山さんは、そのことを知らされても理解はできないと思われます。

大山さんの中では、砂川さんはずっと生き続けるのではないでしょうか。

なお、大山さんの老人ホームは公表されていません。

大山のぶ代さんとの間の子供

砂川さんと大山さんの間には、お子さんはいません。

ですが、大山さんが32歳のとき、実は妊娠しています。

男の子でした。

しかし、妊娠7ヶ月のとき死産していまいます。

また、大山さん38歳のとき、今度は女の子を妊娠しています。

このときは、妊娠7ヶ月、未熟児で出産。

ですが、お子さんは、先天性の心臓と肺に疾患持っており、生後3ヶ月で亡くなっています。

お二人の気持ちを考えると、言葉が出ません。

なぜ、こんなに試練を与えられたのでしょう。

浮気公認されていた

大山さんは、2度の不幸のため、「また同じことが繰り返されるのではないか」と葛藤とトラウマに囚われ、性に対し恐怖症になってしまいます。

また、医師からは「次に妊娠したら母体が危険」と告げられてもいました。

そのため、お二人は、それ以後、性生活はないそうです。

で、大山さんが砂川さんに提案したのが、浮気です。

自身は、もうそのような行為ができないからと考えた末なんでしょう。

大山さんは、砂川さんにこのように話したそうです。

「他の女性と浮気してもいいわよ。私はもう、あなたの子供を産んであげられないから、他の女の人と遊んでちょうだい。」

また、こんなことも。

「隠し子がいても引き取って育てたい」

大山さんは、ヤケになってしまったのでしょうが、本当にお子さんが欲しかったのでしょう。

このようなことを口癖のように言われ続けた砂川さんは、浮気をしてしまったことがあるそうです。

浮気は決していいことではありませんが、砂川さんも苦しんでいたのでしょうね。

砂川さんは、このように語っています。

「それ以来、(妊娠恐怖症になった)カミさんの体には触れていなかった。そんなこともあって、普段の生活は妻と言うよりも姉か、ときには母親の感覚でいたことは事実なんです」

砂川啓介さんと大山のぶ代さんの馴れ初め

砂川さんと大山さんは、NHKの『おかあさんといっしょ』で共演していました。

ですが、そのときはお互いに面識はなく会うことはありませんでした。

そして、1963年8月に舞台『孫悟空』で再び共演します。

そんなお二人、ドライブに行くことがありました。

すると、不良に絡まれた中学校を卒業したぐらいの少年が、不良に絡まれているところを見かけます。

すると、お二人は打ち合わせをすることなく、田舎から出てきた夫婦を演じます。

そして、不良に道を尋ねました。

その隙きに少年を逃してあげたのです。

それをきっかけに結婚を意識したそうで、翌1964年2月に結婚します。

演じた夫婦の感覚に、何かがあったのでしょうね。

砂川啓介さんのプロフィール…初代体操のお兄さん

本名:山下 啓一(やました けいいち)
生年月日:1937年2月12日
没年月日:2017年7月11日(満80歳没)
出生地:東京都
職業:俳優、タレント
ジャンル:テレビドラマ、バラエティ番組、舞台
活動期間:1961年~2017年

  • 成城高校在学中に『足摺岬』など数々の社会派映画に出演。
  • 卒業後、演技の基礎を学ぶため、江口舞踊研究所に入所。本格的にモダンダンスを習う。
  • 1961年、NHK『うたのえほん』(1966年に『おかあさんといっしょ』へ併合)の、初代たいそうのおにいさんとしてブレイク
  • 「お昼のワイドショー」(日本テレビ系列)で青島幸男、8代目古今亭志ん馬の後を継ぎ、1980年から6年間にわたって司会を務める

引用元 ウィキペディア

『初代たいそうのおにいさん』として、有名ですよね。

おわりに

大山のぶ代さんとはおしどり夫婦として知られた砂川啓介さん。

空の上からも大山さんを優しく見守っていることでしょう。

改めまして、ご冥福をお祈り申し上げます。

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コメント

  1. サイナイ より:

    始めまして。

    佐藤弘道さん(※1)は、18日にツイッターとアメーバブログで砂川啓介さんを追悼したそうですが、横山だいすけさんが花田ゆういちろうさん(※2)と交代し、『音楽博士のうららかコンサート』(※3)の公演が終わった後も『おかあさんといっしょ』の60周年までにはもっと長生きして欲しかったですね。
    それまでには越部信義さん(※4)が2014年11月21日に脳梗塞と肺炎の合併症のため、ちょうど81歳で亡くなってしまった事も報告されていました。

    ※1:1968年7月14日生まれで東京都新宿区出身の10代目たいそうのおにいさん。

    ※2:越部信義さんと砂川啓介さん等と同じ東京都出身の12代目うたのおにいさん。

    ※3:2017年5月、NHKホールにて収録、14日に放送された『おかあさんといっしょ』のファミリーコンサート。

    ※4:吉岡治さん作詞でボーカルショップが歌った『元気に一、二』(※5)、阪田寛夫さん作詞の『地球をどんどん』、山本正之さん作詞の『パラランたいそう』等を作曲した1933年8月21日生まれの作曲家さんでした。

    ※5:1961年4月3日~1963年9月27日までは砂川啓介さん本人一人だけでしたが、同年10月2日~1967年3月29日には佐久間俊直さん(※6)、同年4月6日~1969年9月26日には岡田祥造さんと2人で体操したそうです。

    ※6:1967年4月1日までに出演した1932年6月生まれで北海道札幌市出身のもう一人の初代たいそうのおにいさんでしたが、2004年4月に亡くなってしまいました。まだ71歳でした。

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