佐藤亜沙美コズフィッシュ入社理由きっかけや祖父江慎口説き方法は?

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これまで200を超える作品の装丁を手掛け、出版社からのオファーが殺到し、森山直太朗や能町みね子ら著名人たちも厚い信頼を寄せるブックデザイナー佐藤亜沙美さん。

佐藤さんは、どうやってここまでのブックデザイナーになったのでしょうか。

それは、祖父江慎さんの存在でした。

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佐藤亜沙美のプロフィール

  • 名前:佐藤亜沙美(さとう・あさみ)
  • 生年:1982年
  • 出身地:福島県
  • 職業:グラフィックデザイナー
  • 配偶者:滝口悠生(2016年芥川賞受賞)

高校卒業後に上京し、デザイン関係の専門学校に入学。

しかし、その授業に薄っぺらさを感じてしまい、納得がいかず1年で中退。

デザイナーとしてぶっつけ本番で働いて「4年間は修業を積もう」と決心します。

最初の2年間は現場のことを知るために、印刷の分解まで見ることのできる会社に入社。

この会社で広告のカタログなどを担当し、スピードとノウハウを身に付けたのち、出版社のインハウスデザイナーに転職。

この出版社で、数多くの単行本のデザインを手掛けます。

「尊敬する人でないと、指示を受けられない」と自分の性格を分析していた彼女でしたが、「コズフィッシュ」代表の祖父江慎さんのブックデザインの凄さに圧倒されます。

こまめに講演会などに足を運び、時々押し掛けては祖父江さんに作品を批評してもらうようになり、「コズフィッシュ」に入社。

2006年から2014年まで、コズフィッシュ在籍。

2014年、自身が代表のサトウサンカイ設立。

「ブックデザイナー」になろうと思った理由

佐藤さんは、学生の頃から、規則とか型にはめられることが苦手で、会社員になれる気がしなかったそうです。

ただ、その頃からブックデザイナーを目指してはいませんでした。

紙や絵が好きで、街中で触れる機会が多かった広告に惹かれて、デザイン専門学校のグラフィックデザイン科に入学しました。

ですが、入学してみたら、学校で勉強していることが実際どう役に立つのか考えが結びつかなかったそうです。

そして、早く現場に出たほうがタメになると思い、1年で学校を辞めてしまいます。

当時を振り返り、佐藤さんは「今となっては学校での授業は、いま教えてもらったらすごく面白いと思うんですけど、当時はとにかく現場!現場!と思いこんでしまったんです」と話します。

ついつい学校は役に立たないと思っちゃいますけど、あとでそう思っちゃうんですよね~。

佐藤さんは、こうやって広告にかかわっていく中で、少しずつ違和感を感じます。

納得のいかない修正を繰り返しながら夜中まで作業し、もともと考えていた理想とかけ離れたものに仕上がることが多いと思うようになってきたのです。

佐藤さんが担当していた案件が特にそういう案件だったのかもしれないのですが、「自分の意見がなさすぎる感じ」「自分がつくっている実感がわかない」と悶々としていたそうです。

そうやって色々考えていた時に、本という媒体は、すごく個人的なものに見えたとのこと。

著者や編集者に関しても、デザイナーに関しても、一人一人の意見が詰まっているように見えて、本の世界に魅力を感じたそうです。

佐藤さんは「本の世界に入った今も、その時感じた想いは間違っていなかったと思います」と話しています。

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祖父江慎との出会いとコズフィッシュ入社

佐藤さんは、出版社にいた頃、理想はあるけど、それが形にできないっていうジレンマがあり、毎日本屋に通って、なんで出来ないのかをすごく考えていました。

当時、本屋に行くと、目が合う生き生きしている本ありました。。

特に、佐藤さんと目が合う本は、祖父江慎さんデザインの本が多かったとのこと。

そして、ちょうど同じ頃、同僚から「デザインで時間を表現したり、構成とか紙の種類で明るさや闇を表現している人がいるんだよ。」と教えてもらった人物が祖父江さんでした。

こうなると、もう祖父江さんのところに行くしかないって思ったそうです。

そこからは、猛攻撃。

祖父江さんのあらゆる講演会に行っては、その時つくった佐藤さんの本を見せる、ということを繰り返します。

すると、そんなことを繰り返していた時、六本木の本屋さんでたまたま祖父江さんを見つけたそうです。

佐藤さんは、チャンスだと思い、声をかけるのですが、祖父江さんには逃げられてしまいます。

実は、祖父江さんが逃げた理由は、仕事を待たせていた編集者の顔に似ていたからだったのですが。

逃亡されて、話せなかったな~と思っていると、この日2度目の遭遇を喫煙所で果たします。

佐藤さんは、その時に「デザインをやっているものですが、何でもするのでなにか仕事をください!」と伝えます。

すると、当時「祖父江慎+コズフィッシュ」という本を制作していたため、『人手が足りないから、土日だけ来ていいよ』となりました。

平日はそれまで通りに仕事をして、土日は祖父江さんのもとに通うという生活を1年半くらい続け、やっと「一緒に仕事しませんか?」と言われたそうです。

佐藤さんは「アピールポイントがあまりなかったので、行動力で勝負でしたね」と話します。

この積極的な行動はすごいですよね。

それがあるから今がいるのですが。

おわりに

佐藤さんは積極的で前向きな性格もあって、今の地位を手に入れたようですね。

学ぶところは大いにあると思います。

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