高木ブー、雷様からアロハ姿のウクレレ奏者に!84歳でも健在

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高木ブーさん、御年84歳。

ドリフ時代は雷様で名を馳せた高木ブーさんは、今ではアロハ姿でウクレレを弾きながらハワイアンを唄うのがお馴染みとなりました。

ドリフの中では、あまり目立たない方でしたが、「イエイエ」、必要不可欠なキャラでした。

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高木ブーのドリフに入ったきっかけは?

高木ブーさんは、中央大学経済学部を卒業されています。

在学中、卒業後の就職先は東京ガスで内定が取れていたそうです。

ですが、中学3年生から始めたウクレレに夢中で、音楽が大好きだった高木ブーさんは、東京ガスの内定を蹴って、プロのミュージシャンになってしまいます。

いかにもミュージシャンの人生ですよね。

ちなみにドリフに入る前の高木ブーさんの芸名は、さすがに『高木ブー』ではありません(笑)

本名の高木友之助にちなんで『高木智之』と名乗っていました。

そして、プロミュージシャンになった高木ブーさんは、いろいろなバンドで活躍をされるのですが、横浜のジャズ喫茶「ピーナッツ」の演奏中、運命の出会いがあります。

それは、当時の「ザ・ドリフターズ」のリーダーの桜井輝夫さんといかりや長介さんとの出会いでした。

この2人は、ドリフへのスカウトのために、高木ブーさんに会いに来たのです。

それは、ピアニストの欠員補充としてでした。

これまで高木ブーさんはバンジョーやギターをやっていました。

ですが、今回はピアニストとして。

高木ブーさんは、いろんな楽器ができたんですね。

ですが、いかりや長介さんは、後日、著書のなかで高木ブーさんのスカウトについてこう述べています。

いかりや長介さん「外見がコミックバンド向きなので新生ドリフにスカウトした」

高木ブーさんは、昔から太っていました(笑)

スカウトされたときの高木ブーさんは31歳。

ここから高木ブー伝説が始まったのです。

高木ブーの芸名の由来

ドリフに入ったあと、高木ブーさんの芸名は、しばらく『高木智之』のままでした。

しかし、ある日、当時の所属事務所渡辺プロの先輩「クレージーキャッツ」のリーダーのハナ肇さんに
こんなことを言われます。

ハナ肇さん「お前は太っているからブーでいいや」

見たまんまですね(笑)

しかし、イメージしやすいし、わかりやすいネーミングです。

特に芸人さんの芸名は、こういったわかりやすさが重要なんでしょうね。

これが高木ブーの真骨頂!雷様

高木ブーさんの雷様の初登場は、1985年。

この年は、ドリフのお化け番組『8時だョ!全員集合』が終了した年です。

フジテレビ「火曜ワイドスペシャルドリフ大爆笑」の中で、『長介・工事・ブー おなじみ雷様』がシリーズ化されました。

これが『長介・工事・ブー おなじみ雷様』の映像です。

何度見ても飽きませんねー。

アロハ姿でウクレレ、ハワイアンな高木ブー

ドリフの活動が少なくなってからの高木ブーさんは、「アロハ」「ウクレレ」「ハワイアン」が代名詞となりました。

1994年4月~6月には、NHK教育テレビ「趣味悠々 高木ブーの今すぐ始めるウクレレ」という番組を持っていました。

また、2001年には、麻布十番にハワイアンバー「Boo’s Bar HALONA(ブーズバー・ハロナ)」を開店しています。

ですが、このお店、残念ながら2006年7月に閉店してしまいました。

あなたは行ったことがありますか?

行ったことがあるのでしたら、うらやましい~。

突然ですが、『ホアコクア』。

これ、高木ブーさんのハワイアンネームです。

カメハメハ大王の直系の子孫、ハワイ大学教授の人間国宝ルビライト・カウエナ・ジョンソンさんから、「ハワイ文化の普及に貢献した」ということで、このハワイアンネームを授かったそうです。

もしかして、高木ブーさんはハワイでは有名人なんですかね?

『ホアコクア』は、ハワイ語で「友だちを助け支えになる。精霊を分け与える」といった意味があるそうです。

友好の証ですね。

高木ブーは超愛妻家

ドリフの既婚メンバーの中で、離婚歴がないのは高木ブーさんただ一人。

高木ブーさんの奥様はすでに亡くなっていますが、奥様が亡くなったあとも、高木ブーさんは再婚していません。

愛妻を亡くしたのは1994年でした。

死因は脳腫瘍。

高木ブーさんの悲しみは、言葉では表現できないほどでした。

高木ブーさんは、奥様が亡くなって以来、神様を信じなくなったそうです。

奥様を助けてくれなかったからとのこと。

素敵なご夫婦だったのが想像できます。

現在は娘家族と同居

高木ブーさんのお子様、一人娘のかおるさん(54)。

高木ブーさんにそっくりな方です。

高木ブーさんは、「奥様が亡くなった上に、かおるさんまでも結婚して家から離れてしまうことには耐えられない」と思っていました。

そこで、高木ブーさんがかおるさんの結婚相手の絶対条件として決めたのはこの2つ。

  1. 高木ブーさんと同居すること
  2. 転勤などのない仕事をしていること

で、優しいかおるさんは、この絶対条件を見事クリア。

高木ブーさんは、現在、娘家族と無事に同居しています。

高木ブーさん、神様はいたんですね。

運転免許証の返納

家族をこよなく愛する高木ブーさん。

一人娘かおるさんの高木ブーさんでへの願いは「車の運転をしてほしくない」というものでした。

高木ブーさんは、もう84歳のご高齢。

心配になりますよね。

高木ブーさんが車で出かけるときは、いつも一人だったそうです。

高木ブーさんが出かけるたび、かおるさんのお腹は痛くなっていたとのこと。

そんな矢先、2016年秋、自宅の車庫入れの際、車をぶつけてしまいます。

それ以来、高木ブーさんは車の運転をやめたそうです。

ご家族の意見が尊重されたのですね。

高木ブーさんの運転免許証は、赤い紐で十字に結び、封印。

その運転免許証は、奥様の仏壇の引き出しにしまっていたそうです。

高木ブーさんは、奥様の言う事なら間違いなく聞きそうですからね。

そして、高木ブーさんは2017年3月運転免許証の返納を決断します。

それについて、日本テレビ「news every.」で特集が放送されました。

その特集の中で、高木ブーさんは、日本テレビ敷地内を久しぶりに運転します。

助手席にはかおるさん。

かおるさんは、15年ぶりの同乗とのこと。

いざ、高木ブーさんの運転。

これが、ひじょうに危ない。

高木ブーさんは、余裕な顔をして運転していますが、車は完全に左に寄ってしまうのです。

左に寄りすぎて、縁石に乗り上げることも。

かおるさん、超ビビってしまい、「危ない」を連発。

こんな状態でも、高木ブーさんは、なぜか運転に自信満々なんですよね。

「最近の高齢者の自動車事故がなぜ多いのか」それを教えてくれるシーンだったと思います。

高木ブーさんと小池百合子都知事の運転免許証返納のアピール映像です。

高木ブーさんが運転免許証返納を決断したのは、かおるさんの言葉でした。

かおるさん「(車の運転を)やめたほうがいいんじゃない」

何気ない一言ですが、家族のこの言葉が一番響いたようです。

また、かおるさんはこのようなコメントもしています。

かおるさん「これまで子どもを楽しませてきたのに、最後に子どもを悲しませてはいけない」

重い言葉です。

まだまだ現役の高木ブー

無事に運転免許証を返納し、リスクを一つ減らした高木ブーさん。

まだまだ、老け込んではいけません。

これからも、私たちを楽しませてください。

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