渡辺和也(渡邊)東京国際大入学理由と顔画像は?嫁子供や成績経歴も気になる!

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東京国際大学の30歳の1年生・渡邊和也(わたなべ・かずや)選手が、箱根駅伝出場濃厚となったようです。

30歳といえば、中距離選手では引退を考える年齢ですが、渡邊選手は果敢に勝負しています。

今年の箱根の話題になりそうですね。

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箱根の予選では

サンスポの報道です。

 第94回箱根駅伝予選会(14日、陸上自衛隊立川駐屯地スタート~国営昭和記念ゴール=20キロ)関東の49校が参加。各校上位10人の合計タイムで争われ、上位10校が来年1月2、3日の本大会への出場権を獲得した。

 東京国際大は終盤に粘りを発揮。結果的に11位に1分31秒差をつけ、想定していた合計10時間10分に近いタイムとなった。大志田監督は「ラスト4キロを意識させていた。頑張ってくれた」とたたえた。

 チーム9番目のタイムでゴールした渡辺は、四国電力に在籍していた2011年の世界選手権5000メートル代表となった実績を持つ30歳。兵庫・報徳学園高を出て実業団で走っていたが、指導者を目指すうえで箱根駅伝を経験したいと入学した。異色の1年生は「(順位を聞いて)すごくうれしくて今までにないくらい叫んだ。箱根ではもっといい走りをできるようにしたい」と話した。

引用元 サンスポ

今年10月14日に行われた箱根駅伝の予選会。

東京国際大学は、見事10位で予選通過。

渡邊選手もチーム9番目のタイムで、貢献しました。

渡邊選手は、春先、体重がベストよりも7キロも重い62キロで、負担がかかり右ヒザを故障。

夏合宿前はAチームにも入っていませんでしたが、予選に向けて調子を上げてメンバー入り。

「おじさんも負けられない。スタミナをつけてチームに貢献できるようにしたい」と気合を入れていました。

憧れの箱根を決めたことで、渡邊選手は「すごくうれしくて今までにないくらい叫んだ。箱根ではもっといい走りをできるようにしたい」と話しています。

渡邊選手の起用について

日刊スポーツの報道です。

 第94回東京箱根間往復大学駅伝競走(来年1月2、3日)に出場する東京国際大が12日、埼玉・坂戸キャンパスで練習を公開した。

 鈴木聖人主将(4年)らエントリー選手16人が参加。30歳の1年生、渡辺和也は「緊張感は高まっている。11月の学連(1万メートル記録挑戦競技会)でリタイアするトラブルもあって、なかなかバタバタしましたが今は大丈夫。ここから高めて整えているところ」と話した。

 横溝三郎総監督(76)も「渡辺が箱根を走る可能性は高い」と話した。

 渡辺は、どの区間を走るかどうかについて明言は避けつつ「希望としては前半区間を走りたい」と笑顔だった。大学入学前は箱根駅伝に対する強い思いはなかったというものの「今は箱根駅伝は目標の1つ。大学に入ったからこそ目標になった」と明かした。

 大志田秀次監督(55)は「足の速い選手から前に並べる戦略を取る。5区の山上りは前回の箱根
(2大会前)と同じく浜登貴也(4年)です」と断言。

 チーム全体を総括し「2年前の箱根初出場の時は不安を残したまま箱根に臨んだけれど、今回は全く不安がない。心身ともに強くなった4、3年生と渡辺がどこまでやってくれるか楽しみです」と目を細めた。

引用元 日刊スポーツ

印象的なのは、渡邊選手の「(箱根駅伝は)大学に入ったからこそ目標になった」という言葉。

箱根駅伝は、関東学連加盟校しか出られません。

そして、前年駅伝の上位10校と予選を勝ち抜いた10校しか出られません。

個人でも、出場から漏れた大学から関東学生連合チームとしか出られません。

そんな狭き門で、出場を決め、起用されるために、相当の努力を重ねたと思います。

また、1992年の第68回までは、28歳以下という年齢制限がありましたが、今はありません。

これにより、陸上競技者の夢は広がりました。

実業団経験者の出場に、批判の声はありますが、それはそれとして、祝福してもいいのではないでしょうか。

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渡邊選手のプロフィール

渡邊選手は、1987年7月7日生まれの30歳。

兵庫県西宮市の出身です。

身長172センチ、体重52キロ。

中学1年から陸上競技を始め、全日本中学校選手権に出場。

高校は、陸上競技の強豪校・報徳学園。

全国高校駅伝では2004年3区を走り報徳学園の4位入賞に貢献。

翌2005年も3区で8人を抜く区間2位の成績。

高校卒業後の2006年に山陽特殊製鋼へ入社。

同年9月の第54回全日本実業団選手権ジュニア5000メートルで1位。

同年11月の関西実業団駅伝では2区区間賞を獲得し、山陽特殊製鋼の優勝に貢献。

翌2007年1月の第51回全日本実業団駅伝では、3区で出場。

同年4月の静岡国際陸上1500メートルでは、3分42秒73を記録して3位。

国際グランプリ大阪大会1500メートルでは優勝。

関西実業団選手権5000メートルでは大会記録を更新し優勝。

同年6月の第91回日本選手権1500メートルでは2位。

同年9月の第55回全日本実業団選手権1500メートルで2位。

翌2008年5月、国際グランプリ大阪大会1500メートルと関西実業団5000メートルでは連覇。

ゴールデンゲームズinのべおか1500メートルでは、3分38秒11で優勝。

このタイムは、当時日本歴代2位でした。

同年6月の第92回日本選手権1500メートルでは、ラスト200メートルすぎから他の選手をかわして引き離す強烈なスパートを見せて先頭に立ちますが、脚のけいれんによりゴール前で転倒し8位となってしまいます。

この後、調子が上がらず、2010年6月の第94回日本選手権1500メートルで5位に入った後、山陽特殊製鋼を退社し、9月に四国電力に入社。

このとき、陸連登録名を「渡辺」から「渡邊」に変更。

2011年5月、雨の中、ゴールデンゲームズinのべおか5000メートルでは優勝。

このときのタイム・13分23秒15は自己ベストであり、当時日本歴代8位の記録でした。

同年6月の第95回日本選手権には5000メートルでも優勝。

この結果を受けて、2011年アジア陸上競技選手権大会と、初の世界陸上競技選手権大邱大会の各5000m日本代表に選出。

同年6月のホクレンディスタンスチャレンジ深川大会10000メートルでは自己記録を更新する27分47秒79をマーク。

2013年2月、四国電力から日清食品グループに移籍。

2016年11月30日、自身のTwitterで東京国際大学の社会人入試に合格し、翌2017年3月限りでの日清食品グループ退社と4月からの同大学入学を発表しました。

渡邊選手は、現在寮生活。

奥さんや子供はいないようです。

Twitterでは、可愛い家族との画像が。

渡邊選手のTwitterのアカウントはこちらです。

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なぜ今大学に入学?

渡邊選手は「高校卒業後に、強くなるためにと判断して実業団に進んだが、当時から指導者になりたいという思いを持っていた。日本で指導者になるんだったら、箱根駅伝を経験するのはプラスになると思って、進学を考えるようになった」と話します。

また、運良く、日清食品出身の松村拓希さんが東京国際大学でコーチを務めていました。

そして、東京国際大学の夏合宿に参加。

昨年11月に社会人入試に合格し、大学入学を決めました。

「周りがみんなライバルの実業団と違って、大学は仲間と励まし合いながら走れるのがいい」と大学ならではの陸上生活について、渡邊選手は語ります。

寮に入って、一緒に掃除することも楽しんでいるようです。

おわりに

来年の箱根は、30歳の1年生が走りそうです。

東京国際大学には、シードの10位以内を目指して、頑張ってもらいたいですね。

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