山田かまちの15歳で残した言葉!17歳での死因も紹介

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

1977年8月10日、山田かまちさんという天才が亡くなりました。

享年17歳。

死後見つかった山田かまちさんの言葉を紹介します。

スポンサーリンク

山田かまちさんとは?

1960年7月21日、群馬県高崎市で生まれた山田かまちさん。

山田かまちさんは、幼い頃から絵の才能を発揮していました。

小学校3年生の時に、東京芸術大学出身の竹内俊雄(後に新島学園高校の美術科非常勤講師)がクラスの担任になりました。

そのとき、冬休みの宿題である動物の絵36枚を1時間あまりで書き上げたそうです。

その絵は、竹内さんにより保管され、後に「山田かまち水彩デッサン美術館」に展示されることになります。

16歳のとき中学を浪人をします。

当時の群馬県は、高崎高校や前橋高校といった難関県立高校を目指すため、中学浪人はめずらしくありませんでした。

山田かまちさんは、将来東大を目指すぐらい頭が良かったそうです。

1977年、群馬県立高崎高等学校に入学。

そして、高校1年生の17歳の8月10日、悲劇が起こります。

その日、山田かまちさんは、自室で、父親から誕生日プレゼントでもらったエレキギターを練習していました。

母親が、山田かまちさんを、「昼食ができた」と呼びかけます。

しかし、返事が返ってきません。

母親は、部屋に行きます。

すると、山田かまちさんが倒れていました。

山田かまちさんは、亡くなっていたのです。

死因は、改造したギターのコードが体に触れたのが原因の感電。

猛暑のなか、上半身裸のまま倒れていたそうです。

山田かまちさんの死後、自室から、スケッチブックやノートに書かれた約1000点程のデッサンや水彩画、詩が見つかります。

4回忌、13回忌のとき、知人らに向け、それらの小さな展覧会を開催することに。

13回忌の展覧会で、山田かまちさんの作品を見た画廊店主・広瀬毅朗は、衝撃を受けます。

それをきっかけにし、1992年、高崎市片岡町に「山田かまち水彩デッサン美術館」を設立。

同年12月、『悩みはイバラのようにふりそそぐ : 山田かまち詩画集』が刊行され、全国紙にも広告が載り、世に知られるようになりました。

また、「かまち」の名前の由来は、終戦直後に両親が読んだ歴史小説、和島誠一著「日本歴史物語」の主人公の名前によります。

小説の中で、少年「鹿麻知(かまち)」少年は、石器時代を背景に活躍します。

両親は「終戦直後であったので、この少年のように新しい時代を強く生きるように」という願いをこめて「かまち」と名付けたそうです。

「かまち」のひらがな表記の理由は、「かまち自身が自由に漢字をあてられるように」ということなんだそうです。

あと、元BOOWYの氷室京介さん、松井恒松さんとは、小中学の同級生で、バンドを組んだことがあります。

山田かまちさんの言葉

山田かまちさんが、15歳のとき残した言葉を紹介します。

  • それはぼくたちを苦しめるのか喜ばせるのか。
    にくらしくなってくる。
    くやしい。
    頭にくる。
    欲望とはなんだ。
    なんなんだ。欲望とは…。
  • 失恋は美しい。
    それに流す涙はなんて美しく感動的なんだろう。
    すばらしい出来ばえだ。
    (注)おれが失恋したんじゃないぜ。
  • 世の中矛盾があるとしたら、
    赤ちゃんができてしまうこと。
    セックスは赤ちゃんを生むためにやるのではないのに…。
  • (前文略)旅みたいだ 人生は
    人生は道みたいだ
    でも歩かなくてもいい
    そこにいれば それで
    それでいいこともある
    だけど歩けば
    歩けば苦しい
    苦しいけど 歩けば
    歩けばどうにかなる
    そんな信仰にとりつかれてりゃあ
    それはそんなもんさ
    それはそうだけど
    もったいないもの
    こんな時間まで。

    これは詩じゃない
    詩じゃなくなってきている
    なんの技巧もない
    でもただリズムがおどって
    あそびまわってら。
    いいのか これで
    いいのか それで
    これは詩じゃない
    それはダラクだ
    おちたんだ おまえ
    ダラクの深淵に おちるな
    あがれ
    あがれ
    これは詩じゃない。

  • もうこのノートがおわった
    はじめのころとはずいぶん変ったな
    そりゃなんたって、人間だもの
  • アルミニウムの溶けたのが宇宙にばらまかれた
    すばらしい彫刻ができた。
    「おろか者」という題名の
  • 虹のように消えてゆくきょうも
    午前0時で明日につながっている。
  • 芸術は不幸者のどろ遊びであってはならない。
    不幸者をよみがえらせる綱でなくてはならないのだ。
  • 生まれたとき、
    海が目の前にひろがっていたら。
    生まれた時、
    感動が生をつつんだら。
    あなたはしあわせというしかない。
    生まれた時、
    愛するものにつつまれていたら。
    あなたはしあわせというしかないんだ。
  • 黒い血の波は空よりも高い。
    僕は涙を流して手をのばしても、
    ああ、とどかない。
    波だけは激しく空を洗い、
    ・・・・・・
    しかしぼくのからだはいつまでもとどかない。
    ああ、この大地に、ぼくはいつまでいなくてはならないのか。
    すると神は言う。
    「・・・・・・・・・・・」
  • ぼくにはわかる
    すべての人々が幸せを求めているということ。
    ぼくにはわかる
    僕が人間であるということ。
    ここに住んでいれば、
    わかりきったことも予期できなかったことも、
    すべて待ちもしないでどんどん過ぎてゆく。
    不幸な出来事までが
    すべて恐ろしいスピードで去っていく。
    あとにはみじめな人間がのこり、
    悲しみをかみしめることしかできない。

    ぼくにはわからない
    なぜ幸せがこないのか。

    どうしてもわからない。
    なぜ人間でなくちゃならないのか。
    ただみんな見えるものを追って、
    ひとりひとりがトンネルの中でさがしている
    歩いても歩いても道に迷うだけで、
    一瞬の眠りの夢をみいだしても
    それは手の上の砂のように落ちてく。
    誰にもわからない、
    決してわからない。
    どうして幸せがこないのか。
    誰が責任を負うべきなのか。

引用元 『山田かまちノート(上)』ちくま文庫

おわりに

いかがですか?

何か感じるところがあると思います。

スポンサーリンク

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*